がけぷっち世界

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荷風とストリップ

永井荷風は『墨東綺譚』しか読んだことがない。だが、荷風の作品よりも荷風のキャラクターに興味を持ち、荷風についての図説本や、街歩き雑誌の荷風特集をよく読んでいた。
十数年ほど前、まだわずかに残っている赤線地帯だった面影を求めて、荷風が通っていた旧玉の井界隈を歩き回った時期がある。角が丸い庇、艶やかな色を残した豆タイル、凝った意匠の手すりなどに心躍った。もっとも、荷風玉の井に通っていたのは戦前のこと。東京大空襲で界隈はほとんど焼失している。私が見ていた赤線の名残は、ほとんど戦後の物であろう。東日本大震災のあと急速に、そのような建物もだいぶ建て替えが進み、東武線の高架から見えていた特徴のある建物もいつの間にか無くなってしまった。

戦後の荷風は浅草のストリップに通っていた。蝙蝠傘と全財産を入れた小さな鞄を持ち、細い目をさらに細めてニコニコしているのにわずかに寂し気な雰囲気をまとって街を歩く荷風の写真がたくさん残っている。楽屋で踊り子さんたちに囲まれて、照れたような笑顔を見せている写真もある。そんな荷風に親しみを感じていた。「荷風先生、いい趣味してるね」と思った。私自身ストリップに通い出したころは、荷風もストリップに通っていたということを意識して、内心、文化人をきどってみたりしていた。
ところが、ストリップに深くはまるにつれて、私の荷風に対する気持ちが変わってしまった。楽屋にいる写真を見ると、スケベおやじがにやついていると感じてしまう。荷風は著名な文化人、それに今とは時代も違う。それはわかった上でだが、楽屋に上がりこんで裸の踊り子さんたちにちやほやされているオヤジが憎たらしくなってしまったのである。

 

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