がけぷっち世界

ここはくまのおかしな世界です。

荷風とストリップ

永井荷風は『墨東綺譚』しか読んだことがない。だが、荷風の作品よりも荷風のキャラクターに興味を持ち、荷風についての図説本や、街歩き雑誌の荷風特集をよく読んでいた。
十数年ほど前、まだわずかに残っている赤線地帯だった面影を求めて、荷風が通っていた旧玉の井界隈を歩き回った時期がある。角が丸い庇、艶やかな色を残した豆タイル、凝った意匠の手すりなどに心躍った。もっとも、荷風玉の井に通っていたのは戦前のこと。東京大空襲で界隈はほとんど焼失している。私が見ていた赤線の名残は、ほとんど戦後の物であろう。東日本大震災のあと急速に、そのような建物もだいぶ建て替えが進み、東武線の高架から見えていた特徴のある建物もいつの間にか無くなってしまった。

戦後の荷風は浅草のストリップに通っていた。蝙蝠傘と全財産を入れた小さな鞄を持ち、細い目をさらに細めてニコニコしているのにわずかに寂し気な雰囲気をまとって街を歩く荷風の写真がたくさん残っている。楽屋で踊り子さんたちに囲まれて、照れたような笑顔を見せている写真もある。そんな荷風に親しみを感じていた。「荷風先生、いい趣味してるね」と思った。私自身ストリップに通い出したころは、荷風もストリップに通っていたということを意識して、内心、文化人をきどってみたりしていた。
ところが、ストリップに深くはまるにつれて、私の荷風に対する気持ちが変わってしまった。楽屋にいる写真を見ると、スケベおやじがにやついていると感じてしまう。荷風は著名な文化人、それに今とは時代も違う。それはわかった上でだが、楽屋に上がりこんで裸の踊り子さんたちにちやほやされているオヤジが憎たらしくなってしまったのである。

 

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コロナ禍、公共のトイレに望むこと

コロナの流行が始まってから約一年。
今、東京は二度目の緊急事態宣言下にあるが、慣れてきてしまったのか、消毒用アルコールを置いていても消毒しない人が多くなった。
コロナは目に見えない故に、警戒の仕方が人それぞれ違っている。科学的には問題ないことに神経を使う一方で、警戒しなくてはいけないことに無頓着であったり。いくら気をつけていても感染するかもしれないし、無頓着でも感染しないかもしれない。これは確率論だ。だからこそ、私も感染の確率は減らそうとは努力しているが、ちぐはぐなところはあると自覚している。
コロナ以前から、私は潔癖気味のところがあり、土足で歩く地面に直接座ったり、カバンなどを置くことをためらう。また、トイレで用を済ませた後は必ず手を洗う。

トイレはコロナの感染源の一つであろう。コロナが流行りだしてからは、なるべくなら外出先で大便をしたくない。だが、便意はそうそうコントロールできるものではない。
なるべくきれいなトイレを使いたい。都会ならデパートのトイレをよく使う。トイレを使ったらお買い物もする。
テレビなどでも呼びかけているが、トイレを流すときは、飛散防止のために便器に蓋をすることが望ましい。ただ、デパートに限らずだが、公共の場のトイレには蓋がないことが多い。このごろは初めから蓋がない便器がある。蓋が割られてしまうことが多いからだろうか。しかしコロナを機に、ぜひとも蓋をつけてほしい。
トイレを出たら必ず手洗いをする。駅のトイレは石鹸がないことが多かったが、コロナ以降は備え付ける所が増えたのはありがたい。しかし、蛇口が短かったり、手洗いボウルが浅かったりで、ボウルに触れずにじゃぶじゃぶ手を洗うことがむずかしいことが多く、そういうトイレでは指先をコチョコチョと濡らしただけで出ていく人も多い。新しい施設のトイレでもボウルが小さいことが多い。デザイン優先で、まるで小洒落たレストランのパスタ皿みたいな手洗いボウルがけっこうあるのだ。今後はゆったりとしたボウルにしてほしい。
手を洗ってから出るときのドアも問題だ。どこでも押せば開く扉ならまだよいが、把手に触れなければ開かないドアは困る。排泄の後、皆が皆手を洗うとは限らず、洗ったとしてもタオルやハンカチを持たず、またコロナ後エアタオルが使えなくなっているところも多く(エアタオル使用中止は良いことだが)、濡れた手で把手を触る者も多い。今後は手を洗った後ドアの把手に触れないで済む設計が望まれる。

昔はドアの把手やエレベーターのボタンなど、手の触れる所は真鍮製が多かった。真鍮はそれ自体に抗菌作用がある。抗菌を目的に真鍮を使用したのかどうかはわからない。さらにコロナにも効果があるのかどうかもわからないが。そもそもコロナはウィルスであって菌ではないし。
アルコール消毒よりも石鹸を使った手洗いの方がコロナの感染防止には有効らしい。トイレの後、手を洗わずにアルコール消毒で済ますのはよくない。

 

 

お正月のある日

あけましておめでとうございます。

といっても、もう1月13日だ。
コロナ禍(と、それによって明るみになる、人の、組織の、狂っているとしか言いようのない態様に、僅かながらにでも持っていたからこその怒りを抱き、しかし自分もまたその中の一人であり、自分が狂っていないとは確証は持てない)のさ中、「何がおめでとうだ!めでたくなんかないよ!」と叫びたい気持ちもチラリと脳裡をよぎる。

それでも、劇場で、あるいはSNSで、踊り子さんに「あけましておめでとう」と言い合える日々は、きっと幸せなのだろう。
幸せとは。
私は軽い依頼をするときの文章には「~していただけたら幸いです」と書くことが多いのだが、くまさんが「幸いです」とよく書くのは、教会に通っていたからでは?と言われたことがあった。確かに、説教ではよく「幸いである」と言うが、教会に行っていたから使うようになったのかどうかはわからない。私は親の影響でカトリック教会に行っていた。聖書は今でも繰り返し読んで何冊かボロボロにしたが、読み過ぎたせいか「作品」として興味が湧いてしまい、洗礼は受けていない。だが、信者よりも信者に見えるらしく、「えっ、ノンクリだったの?」と驚かれることがある。ノンクリとは、クリ(スチャン)ではないということだ。
「幸いです」は宗教とは無関係に、柔らかく聞こえるだろうと思ってよく使っているのだが、ビジネスでは「お前の気持ちなんか関係ない」と思われる方もいるので、最近は気心が知れないうちは使わないようにした。
どういうわけか話がかみ合わないな、と思っていた相手に、「どうしてくまさんはいつもつらいと言うの?」と言われて、どうやら「さいわいです」を「つらいです」と読んでいたらしい。「辛い」と「幸い」は似ている。ついでに、「つらい」と「からい」は漢字にすると同じだ。
ところで、私にはヒョウとジャガーの違いがわからない。

去年4月にブログに政府のコロナ対策について書いた。筆が滑って極端な言い方になってしまったところもあるが、今読み返しても消去や訂正するほどの間違いは無いし、今でも考えに変わりはない。
昨日と今日は家にいた。二度目の緊急事態宣言のもと、週に5日出勤するところを2、3回に減らしている。リモートワークと言えばリモート会議みたいな風潮である。私には、生で動画を配信するような機材もネット環境も、また知識もなく、実際は一番ないのは生で顔を配信する気なのだ。またそんなことをやろうというような洒落た職場でもなく、電話、FAX、eメール、郵送といった古い文明でなんとかなっている。約一年のコロナ生活のうちに身に付いたウラ技もある。書類を郵送する際に三文判のようなものを入れておいて、「ご確認の上、同封の印を押してください」という、厳密に考えたらいけないことをしているが、コロナだから仕方ないよね…と思いつつ。

寒い日が続いているが、少しは暖かい昼下がり、歩きで買い物に出た。コンビニのコピー機で、ある踊り子さんのZineを受け取った。劇場ではなくて、こうして家の近くで受け取るというのも不思議な気分だ。コピー機を操作して、僅かなお金を入れると、踊り子さんの書いた文章が印刷されたA4用紙一枚が出てくる。ほんの少し、手間と時間とお金がかかるが、それがいい。スマホの画面で見るテキストじゃなくて、紙。ほんの少しの物質感。これもいい。
Zine、最近よく見る言葉だが、馴染みが薄い。マガジン、同人、のジン、らしい。私世代はジンと言えば「ジンジンジン コーラとジンでアメリカ人、ジュースとジンでフランス人…」という森高千里の歌声が甦る。
速達を出し、スーパーでミカンと弁当を買い、家に帰るともう部屋がとっぷりと暗くなっている。
お茶を沸かし、ミカンを食べ食べ、Zineを読む。年末の日常が綴られていて、所々ふふっ…となる。知らなければこれを書いたのが踊り子さんだとはわからないな。ふと、自分がブログをひと月以上更新していなかったことに気付いた。テレビでは、虚ろな顔をした老人がボソボソと他人事のように、非常事態宣言の地域拡大について会見をしている。

 

柱合会議コラ「ストリップ劇場編」を作ってみた

流行りに乗って柱合会議コラで、「ストリップ劇場編」を作ってみた。

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この柱合会議コラ「ストリップ劇場編」は、ツイッターに上げたものである。

スト客のフォロワーさんに「相変わらずバカバカしいことしてるなー」って言われるつもりで上げたら思っていたより10倍反応があって驚いた。バズったとうには遠く及ばないが、わたくそとしては300ファボ100RT越えというのは初めてかもしれない。(少なくとも今年1番)

スト客以外の人にも見ていただいたようだ。嬉しいんだけど、だったらもっとちゃんと作ればよかったという思いはある。(作るも何も、こういうコラというものは大っぴらに「作る」などといえるものではないのだが…)
わたくそ、鬼滅は映画を一回見ただけだ。わたくそのコラなど、鬼滅ファンからしたらソウジャナイ感でいっぱいかもしれない。そもそも柱とは何かということさえよくわかっていなかったのだ。

また、このコラでストリップに興味を持ってくれたと言ってくれる人がいたのは嬉しいが、ストリップの宣伝になるという気持ちはまったく持っていなかった。それならもっとちゃんと各劇場のいいところを挙げていた。
柱の何人か(ほとんど)は明らかに着眼点がおかしいのである。よく見ていただくと、看板、猫、カメ、売店など、ストリップの本質とは関係ないことしか言っていないのだ。「え?そこアピールするとこ?」とつっこんでくれるかなーと思いながらアップしたのだ。

 

1コマ目の「ストリップ初めて行くならどこがいい?」は真っ先に思いついた。「関東で」というのは後で付け足した。なぜカッコ付きで小さく記したのかというと、本文がうまいこと5・7・5になっていて、リズムを崩したくなかったのである。(←今数えたら中が8字でそんなにうまいこといってなかったわー)

煉獄さんのセリフと宇髄さんの二人については、元のセリフが残った画像を見つけたので、元のセリフを生かした。さらに、映画だけは観たので煉獄さんだけは比較的知っており、口癖を加えてみた。「よもやよもや」の使い方が間違ってるくさいのは承知の上むりやり入れたのである。「わっしょい」はうまくはまったと思う。

不死川さんのセリフは、他の方の柱合会議コラのうち、鬼滅を分かっていそうな人が書いた語尾に共通点があったのでそれを使ったんだぜぇ。スギちゃん風の語尾でそんなに間違ってはないだろぉ?しかし売店についてのセリフが日本語として練れていなかったのは悔やまれる。
伊黒さんについてはほとんど手掛かりがなかった。忍者風に見えたので語尾を「ござる」にしてみたが、どうやら間違っていたようだ。忍者=ござる という発想が古かったかもしれない。NARUTOでもござるとは言ってなかった。ござるはハットリくんまでさかのぼらねばなるまい。

甘露寺さんについては、他のコラを見たところ「とかどうかな」は元ネタを生かしていると考え、私もこれは残すことにした。彼女が発情しているかのように見えることから、川崎ロック座のカメの交尾を入れたのだが、私は最後に川崎に行ったのは2年前の春なので、内心まだ生きているか不安だったが…カメは長生きなのでまあ大丈夫だろうと見切り発車した。なお、川崎のカメはゾウガメほどではないがかなり大きいので、交尾は相当激しく大きな声を発する。
後からネットで甘露寺さんが猫好きであると知った。わかっていたら甘露寺さんを栗橋にしていた。なお、私、花澤香菜チャンは大好きだ。

時透さんは性別もわからなかったが名前で男性だと判断した。一人称は僕で良かったようだ。記憶障害があるとのこと、後から知った。わかっていたら「…たしか、浜劇…」と言わせたかった。

悲鳴嶋さん、実はまともにストリップ劇場の魅力を語っているのは彼だけなのである。しかしこれも後から知ったのだが、悲鳴嶋さん、目が…これは痛恨のミスマッチであった。

胡蝶さんは、映画に一瞬出ていたような気がしたがセリフはなかった(と思う)。だが、私は胡蝶さんの独特な語り口を知っていたのだ。踊り子さんが胡蝶さんのマネをしていたからである。胡蝶さんの発言は常に毒を含んでいるようだ。「アットホームすぎてびっくりしちゃいますよー」を胡蝶さんが言うといろいろ含んでいるかのように捉えられる可能性もあるが、もちろん私はいい意味で書いた。

富岡義勇さんは、他の方のコラだとさあオチだと言わんばかりにセリフを詰め込んでいる例と、「…」に続いて一言だけ発する例の2パターンに分かれている。ラストなのでここでセリフを詰め込みたくなるが、一言にしておいて正解だったようだ。蕨のすごさは説明できないのだ。

炭治郎は誰の意見も参考にせず、おそらく自分でネットで調べてニューアートに行ったのである。
これで関東のストリップ劇場を全て登場させることができたと思ったのだが、伊香保銀映は群馬県だった。伊香保を入れなかったのは痛恨である。
(今、やっているのかどうかわからないが)


このコラ、帰宅の電車で思いついて、帰って1時間くらいで作ったのである。反省点は多いが、思いたったまま勢いで作ったのが良かったのかもしれない。
(わたくその性格上、たぶん一晩おいたらアップしなかっただろう)
なお、登場人物に未成年がいるようだが、ストリップは18才未満入場禁止である。

 

ヒートテック、そろそろ卒業したい

寒くなってきましたね。新型コロナ心配ですね。
「コロナ」という言葉を憚って567とか感染症とかぼかす風潮もありますが、わてくそはコロナコロナ言っていくstileです。
男性用の冬の下着(長袖)といえば、一昔前はラクダのシャツとかモモヒキでした。
ラクダのシャツというのは、ラクダ色、つまり肌色のシャツです。今は肌色と言わず、学童用のクレヨンなどは「フレッシュ」になってきています。「うすだいだい」という表記もありますね。こういうアップデートには付いていこうと思っています。
ラクダのシャツは、たいてい胸に3つほどのボタンがありましたね。東日本大震災前に、亀有駅近くの商店街の潰れた店のシャッターの前でラクダ色の下着を並べている露天商を見ました。その時に「うわー昭和!」と懐かしくなりましたが、今はもうラクダ色の下着など町で売っていないでしょうね。
すいません、売ってますね。今ネットで調べたら、ラクダのシャツ、お高いんですね。12,000円とかしています。ただ肌色というだけじゃなくて、裏起毛のような、厚い生地なんですね。知らんかったです。
最近はヒートテックとか、発熱素材ですね。それしかないみたいになっています。わたくそも10年ほど前からヒートテックを愛用していたのですが、ちょっと考えなおそうかと思っております。
というのも、ヒートテックは着た時はひんやりしているくせに、家から駅まで歩くと(けっこう遠いんですよ、しかも途中に上り坂があるのです、とほほ)汗をかいて、その汗に反応してヒートテックが熱を発するんで余計に汗をかくんです。つまり、寒い時にはひんやりとしていて、暑くなると発熱するんですよ。望んでいることの反対なんです。そして、熱くなったところで電車にのり、さらに汗をかく。電車を降りて汗が冷えると風邪をひいてしまう。
混んでいるときは衣服の脱ぎ着で体温調節、不可能です。電車が空いてるときとか、劇場とかで、汗が引くまで上を脱ぐと、ヒートテックというのは薄くてぴっちりしていますので乳首がポッチリしてしまう、これも困りものです。
もう一つ困ったことがあります。最近、齢のせいかヒートテック着ると体、主に背中が痛いような痒いような、チクチクするのです。
発熱素材じゃないものはたいてい裏起毛なんですが、裏起毛はこれもまた暑すぎることが多いし、太って見えるんです。本当に太っているのですが、だからこそ、すこしでも着痩せしたい純情なオヤジ心、ですぅ(あややの「ねーえ」に乗せて)。
発熱素材でも裏起毛でもない、それでいて安くて柔らかい長袖の下着が欲しいのです。あっ、つまり長T、正確に言うと長袖Tシャツを下着として着ればいいのですね。はい、わかりました。

初ラーメン二郎


先週、初めてラーメン二郎に行った。

私はまあまあラーメン好きなのだが、二郎は独自のルールがめんどくさいし怖そうという印象があって避けているうちに、アラフィフになってしまった。
二郎独自のルールの中でも特にめんどうだと思ったものは、コールというやつだ。注文と言えばいいのにコールなどというのも気に食わなかった。
若いころ友達と二郎ごっこをしたことがある。「野菜シコシコニンニンニン」とか「マシマシカラカラニンニンニン」とか言わなきゃならない、そしてこのコールのどこかを間違えると、とんでもない量になったり、油だらけになったりするのだ。まあ、悪ふざけだ。(なぜ「にんにんにん」だったのか。あやまんJAPAN の影響か?)

二郎に行かない人生だったと思っていたのだが、先日テレビを見ていたら二郎愛を語っている人が出ていて、手持ち無沙汰だったので「テレビ見てたら二郎に興味でてきた」と何気なくツイートした。ちょいちょいの反応があり、踊り子さんまで背中を押ししてくれて、後には引けなくなった。私、スト客なので。
年齢的にも体力的にも初二郎をきめるにはそろそろ限界だろう。今行かないでいつ行くのという気持ちになり、ネットで生活圏にある二郎を探した。初めはインスパイア系にいってみては?というアドバイスもいただいたが、せっかく行くのだからこれぞ二郎という店に行きたい。
歌舞伎町店、千住大橋店、亀井戸店、松戸店、(千葉の)京成大久保店が候補に上がった。
歌舞伎町店はときどき前を通っている。ちらちらと様子をうかがいながら歩いていると「らっしゃい」と声をかけられたことがある。新しくて入りやすい雰囲気だが、ネットの評判だといまいち二郎らしさが足りないらしい(二郎らしさとは何だろうか。本店らしさということだろうか)。そもそも本格的な二郎は前を通る人に声をかけたりしない、らしいのだ。
千住大橋店と亀井戸店は二郎らしい二郎らしい。だがコロナ禍の影響か昼しか空いておらず、そのため行列が長いうえに、わてくそのタイミングと合わない。
大久保店は店員さんが気さくで初心者でも居心地がいいらしい。味噌ラーメンなど独自メニューもあるが、二郎らしさは薄いらしい。
松戸店は夜もやっているし、場所は職場から近い。店のツイッターアカウントを見たら、プロフィール欄の注意書きの羅列が「お、おぅ…」という迫力で、気の弱い私など身構えてしまう。麺の硬め柔らかめ、マシ、マシマシ、味の注文はできないと書いてある。これは潔い。さらに、初めての客は小ラーメンしか注文できないとなっていることも良い。初めての客にとっては迷わなくていい。食べていまいちだと感じても、自分がカスタマイズしたせいなのかくよくよしなくて良いのだ。そしてなにより、口コミでは三田の本店に近い味となっている。ここへ行けば二郎というものが分かるだろう。ということで、松戸店に行くことにした。まあ、なんだかんだ言っても一番の理由は職場に近くて帰りがけに寄るのに好都合からだ。

 

松戸店は正確には「松戸駅前店」だが、駅から5分ほど歩く。店のだいぶ手前でもういい匂いがしてきた。

平日夜の部開店の直後に着いた。並んでいた客が店内に吸い込まれていくところだった。私の前の二人連れで列が止まった。先に食券を買っておくスタイルなのは知っている。食券を買うためにいったん店内へ入る。店員が無言でじろりと見た。券売機には直接マジックで注意事項が殴り書きしてある。お札は千円札しか使えない。初心者は小ラーメンしか注文できないと知っていたので迷わず小ラーメンを押す。値段がいくらだったか忘れたが1000円札を入れて200円と10円玉がいくつか戻ってきた。(肝心なことを忘れ調べもしないそれが俺のStileこんな記事誰かの役に立とうなんてこれっぼっちも思っちゃいねぇyeah!)
12人くらい座れるL字型のカウンターは満席で、まだ誰にも提供されていなかった。列の短かさのわりに待つことになると思った。店の中に給水機があるが、店の前の自販機で買ったペットボトルは持ち込めることは知っていたので、フンパツして脂肪分解作用があると謳う黒ウーロン茶を買った。180円だった。なお、わたくその見たところ給水機の水の人と持ち込みの人は半々くらいで、持ち込みはわたくそ以外安くて量が多いふつうのウーロン茶だった。

プラスチックの食券と黒ウーロン茶を手にして外に出て改めて二人連れの後ろに並ぶ。
緊張してきた。不安ではあるが、前の二人の言動を参考にすれば間違いないだろう。二人は若い男女のカップルだ。男が女に喋っている。「二郎っていうのはね、元々慶応の学生向けだからコスパ最優先なんだ」「二郎って、注文のことをコールって言うんだよ。野菜マシマシ油多めとか。通はね、全部って言うんだ」「二郎って常連しか知らない裏メニューもあるから、気に入ったら通って大将と顔なじみになるといいよ」などと言っている。この男ジロリアンだ。参考になりそうだと聞き耳をたてる。
すると店員が外に出てきて前のカップルに「そちらに並んでください」と言って出入口の右側を指した。並ぶ位置を間違えていたのだ。二人は移動し、あてくそも後に続いた。彼はジロリアンではなかったらしい。さらに彼は「一万円使えますか?」と聞いた。まだ食券を買っていなかったのである。さあどうなるかと思ったが、店員は一旦店に入って千円札に崩してきた。
店内では一回転目の提供が進み、私の後ろにも列ができていた。店員が「食券見せて下さい」とか何とか言った(何と言ったかは記憶が定かではない)。麺の量について聞いたかどうか憶えていないが、前のカップルは二人とも「ふつう」と言った。わてくそ、身体は前のカップルを足したくらいのサイズなのだが、ビビリなので初めから「少なめ」と言うつもりでいた。しかしいざ聞かれると緊張からかどもってしまったうえ、魚市場の仲買人のようなばかにでかい塩辛声になってしまって、「す、す、少なめい!」となってしまった。後ろの人は「半分」と言った。一通り聞き終わった店員は中に入った。しばらくして食べ終わった客が一人、二人、と出てきた。三人くらい出て行ったが、前のカップルは入らない。私の予備知識では空いたらすみやかにその席に着くのだと思っていたが。外からは死角があってよく見えないが、店内で待っている客が数人いたのだろうか。カップルは並んで座りたいために二席続いた席が空くのを待っているのだとしたら、私が先に入った方が良いのか。判断が難しい。初回にしておそろしく難易度の高いところに並んでしまったのだ。どうしようと思っていたところ、カップルはおずおずと中に入った。私も後に続いて入った。メガネが曇った。
座るよう指示されてないのに座っていいものなのかどうかわからない。カップルは真ん中あたりの二席続きで空いたところに並んで座った。奥が空いているのでそこへ座ろうと壁際を進んだら二人食べ終わって立ち上がったのでわっちゃわっちゃしてしまい、スリムな方ならすれ違えるのだろうがわてくその身体だとすれ違えないことに気が付いて一旦券売機前まで後退し、一番奥の席についた。私、体が大きいので端の席が空いていて好都合だった。席に着くと店員が指でカウンターの上段をトントンと叩いた。え?と思っているともう一度トントンと叩いた。ここに食券を置け、という意味だと気がついて置いた。
私の席の横にトイレがあるが壊れているらしく、ドアに「使えません」とか「使用禁止」とか、殴り書きがしてある。店内は正直、殺風景である。厨房には二人、麺を茹でているのがおそらくご主人(けっこう若い)、もう一人が外に出てきた店員さんだ。厨房に小麦粉にまみれた製麺機が置いてある。店員は無言、客も無言。ラジオが流れている。
入ってきた客が一万円札をヒラヒラさせて「両替して」と言った。今日二人目だ。店員が無言で千円札に崩して渡した。不愛想だが、普通の事には応じるようだ。
上着を脱いでシャツを腕まくりして待った。いよいよこれからコールだ。なんだか緊張してきた。コールごっこはしたことがあるが、本当のコールは初めてだ。
松戸店では「マシ」や「マシマシ」はできない、と書いてあったが、それがどういうことなのかわからない。何も言わなくても野菜は乗っているはずだ。「野菜」というとさらに野菜が追加されるのだと思うが、そのことを「マシ」というのか、それとも「野菜」といって増量してもらうことは「マシ」ではないのか。私は初回だから、ニンニクだけ入れてもらいたいのだけれど。
コールについて、店内には貼り紙は無い。目の前に貼ってあるのは、食べ終わったらどんぶりを上げてカウンターをふきんで拭いて帰ること、それだけだ。カウンターの上段にはカウンターを拭くためのふきんが置いてある。それは決して手や顔をふくおしぼりではない。口を拭う紙ナプキンすらない。しかし必ず、手も口もギトギトになるので、ティッシュを持参すること必須である。つまようじもなく、カウンターには箸と胡椒のみ。レンゲもない。カウンターの下に棚があるが、あまり大きな荷物は置けない。壁にコート掛けがあったようだ。
店員がカップルに手を差し、「ニンニク入れますか」と聞いた。いよいよコールだ。男は「ニンニク野菜油で」と言った。女も「ニンニク野菜で」と言った。次にわたくそに向かって「ニンニク入れますか」と聞かれた。私は「ニンニクだけでおしゃす」と言った。「おなしゃす」ならまだいい。なぜか「おしゃす」になってしまった。

ラーメンが出てきた。ここでマスクを外す。小ラーメン少なめの注文なのだがすごいボリューム、優に他の店の倍はあるようだ。どんぶりの外側がすでにギトギトなので、下ろすときに手がギトギトになってしまった。テレビやネットでお馴みだが、盛り付けに美しさがない。普通だったら少し彩りを考えて、青ネギを散らすとか、カイワレを乗せるとかしそうだが、二郎にそんなものはいらないのであろう。ツイッターに店員やお客様の撮影禁止とあったから、自分のラーメンは取っていいのだろうと判断してスマホで写した。パシャアと音がしたが、特に注意されなかったし、撮っている客は他にもいた。
甘味を含んだ香ばしい匂いがする。まず、天地ガエシとか言って、上下ひっくり返すのが通の食べ方らしいのだが、レンゲがないし不器用なのでバッチャーンしそうでそのまま食べる。隣の客は天地ガエシしていた。
一番上に乗っているのは、モヤシとざく切りのキャベツからなる大量の野菜である。まずはこれを口に運ぶ。ザクザクしていてうまい。ブロック状の赤身肉はしっかりとした豚の味がする。次いで、半円の脂身が付いた豚肉が出てきた。これがいわゆる典型的なチャーシュウに使う部分であろう。脂身の甘味もまたうまい。そして、もう一枚(というか一かたまり)豚肉あったようだが、これは食べているうちにホロホロと崩れたようで、それが野菜や麺に絡んでいい具合になっていた。たまたまなのか、部位の違う肉が三個入っていたようだ。
麺は平たいが太さがある。初めはやや固く、顎が痛くなるかと思われたが、スープを吸うと丁度良くなった。ずっしりと重い食べ応え。少なめにしておいてよかった。スープは香ばしくうま味もたっぷりだが、底の方に行くにつれてしょっぱさが勝る。齢だし健康、とくに血圧に不安があるのでレンゲが無いということはスープは飲み干さなくてもよいものと解釈し、少々残して終わりにした。
どんぶりを上げカウンターを拭き、立ち上がる時に自然と「ごちそうさま」と言っていた。ご主人と店員が笑顔を向けて「ありがとうございます」と言った。

ラーメン二郎は店員と客の間で交わされるのは符牒のような最低限のやり取りだけで、あとは脇目もふらず無言でラーメンを口に運ぶのである。はからずともコロナ時代にふさわしいラーメン屋だといえよう。
食べた後は「美味いのはわかったけどもう十分だ」と思っていたが、不思議なことに一週間ほどたった今、また二郎のラーメンを食べたくなっている。

 

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↑小ラーメン・麺少なめ・ニンニク

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玉が痛んだはなし

5年ほど前の冬、一度だけ泌尿器科に行った。

私はなにかと病気がちだったので、これで普通の総合病院にある全ての科にかかったことになる(産婦人科は赤ん坊の時をカウント)。病院のスタンプラリーがあったらコンプリートだ。

泌尿器科に行くことになったのは、金玉が痛くなったためだ。片方の金玉がズキズキして腫れているようだ。椅子に座っていると圧迫されてさらに痛む。「おっほっほ」と声が出てしまうほどの痛さだった。電車では大股開きで座り、混んで来たら立っていた。硬めのジーパンは履けなくなった。(ジーパンのことを最近のナウなヤングはデニムと言うね)

痛みが始まってから1週間くらい経っても治らないどころか酷くなってきた。お笑い芸人さんが睾丸の片方を摘出手術を受けたことを思い出した。自己判断では良くて精巣捻転、悪くて睾丸ガンを疑った。泌尿器科というのはとても行きたくはない科なのだが、意を決して病院の泌尿器科を訪れた。
泌尿器科の待合室にいるのは主に高齢男性だった。トイレに行くと小便器の手前がビショビショに汚れていた。

診察室に入ると短髪で格闘技経験がありそうな30代と思われる先生が座っていた。第一印象は少し怖かったが、口調は丁寧だった。症状を説明すると「じゃあね、脱いでください」と言った。わたくそがシャツを脱ぎかけると「下だけで」と言った。いつもと反対である。脱いで先生の前に立ち、裾の長いセーターを着ていたので自分でたくし上げた。先生は椅子を近づけ前のめりになってわたくその陰部をじっと見ていたが、いきなり陰茎をつまみ上げた。垂れ下がった陰茎がじゃまをして陰嚢の一部が隠れていたからであろう。見えない薄いゴム手袋をしていたと思うが、他人の指の感触を生々しく感じた。すぐに手を放しても垂れ下がらなくなった。そうして先生はしばらく金玉をそっと転がすように触って、「腫れてはいないようですが」と言った。
「じゃあね、もっとよく調べましょう。そこに寝て下さい」と言われベッドに寝かされ、いつのまにか陰嚢の裏まで見えるポーズをとっていた。その時は知らなかったが所謂カエルであった。先生が何と指示したのかは憶えていないが、まさか先生が「カエルで」とは言わなかったはずだ。二、三簡単に指示されただけで自然とそのようなポーズになっていたのだ。
生暖かいジェル状のものが塗られた器械が押しあてられた。。じわーっと暖かく、これもまた妙な感覚であった。エコーを撮っているのだった。冬場ということもあり縮こまった袋の皺を伸ばしたり押し広げたりしながら四方八方から金玉にエコーを押し当てた。
「うーん、とくに異常は見られませんね。痛みはどうですか?」と聞かれたので「そういえば、痛みが和らいでいるようです」と答えた。前日がピークで本当に和らいできていて、グリグリされても我慢できないほどの痛みはなかったのである。「じゃあ、しばらく様子を見て、ひどくなるようでしたらまた来てください」ということだった。

数日後には自然に治ってしまったのでその後泌尿器科には行っていない。いったいなぜあんなに痛かったのか原因不明のままであるが、その後も冬になるとあれほどではないが金玉がズキズキする日がある。

素人ながら仮説を立てると、わたくそは玉に対する袋の大きさに余裕が少なく、寒いと陰嚢が縮こまり玉を圧迫するのだろう。若い時は陰嚢に柔軟性があったので縮んでも問題がなかったのであろうが、40才を超えると柔軟性が失われ、縮むことでさらに固くなった陰嚢が睾丸を圧迫するのだろう。などと考えてみたが、しかしあの時あれほど痛んだのに泌尿器科に行ったとたんに痛みが引いたというのはたまたまだったとしか言いようがない。(あっ、ダジャレみたいになっちゃった💦)

 

ところでこの前わたくそは、この話を踊り子さんにペラペラと喋ってしまったのだった。貴重な時間でなんというくだらないことを…と後悔した。何か素敵な話をすればよかった。