がけぷっち世界

ここはくまのおかしな世界です。

オレはここで食う!(バンバン)

松屋は昔から券売機で食券を買う方式だ。
そして吉野家に対抗してか決して「牛丼」とは言わない。「牛めし」である。どんぶりに盛ってあるので牛丼でいいじゃないかと思うのだが「牛めし」である。吉野家は味噌汁は別料金、松屋は味噌汁が付いてくるのが大きな違いだ。味噌汁が付いてくるのは嬉しいが、夏の暑い時期などは味噌汁いらねぇと思うこともあり、でもせっかくついてきたんだからと飲んで汗だくになってしまうのだ。
東京の松屋では「プレミアム牛めし」と称し、やたらと黒っぽい七味のようなふりかけるものが付くかわりに少しお高くなっている。「俺はふつうの牛めしでいい」と言っても、「プレミアム牛めし」の店では「プレミアム牛めし」しか置いていない。東京ではあるが北千住あたりでは普通の「牛めし」でいいと思うのだが、北千住でもプレミアムなのだ。私の知る範囲では普通の牛めしの方がレア、いや絶滅したかに思われた。
ところが最近、プレミアムではない普通の「牛めし」を久しぶりに食した。東大阪市は布施の商店街においてであった。さすがは布施だ。50円ほど安くて、黒っぽい七味のようなふりかけるものが付いていなくて、あとなぜかお盆がなくてカウンターがビショビショだったが、味に大した違いは感じなかった。最近、と書いてしまったが、前回布施に行ったのは2018年11結のことである。わたくそが布施に行くのはストリップ劇場「晃生ショー」に行くためであり、それ以外の用事はないのだ。だから前回布施に行った日にちを覚えているのだ。
もう1年3か月前の事なので、今でも布施の松屋がただの「牛めし」をやっているのかどうかはわからない。


先日(まだ新型コロナウィルスの脅威が差し迫っている実感がなかったころ)、仕事関係の人とまずい酒を飲んだ後一人になって、終電間際の松屋に入った。券売機の前に女性がいて、わたくそは後ろで待っていた。(突然ですが、わたくそというのは私の謙遜です。)女性はスマホを券売機にかざしている。クーポンか何かを使おうとしているのだろうが、なかなか読み取られない様子だ。わたくそ、圧をかけることなく静かに待っていたのだが、女性は振り返り「すみませんお先にどうぞ」と言うと店を出て行った。わたくそは券売機で「プレミアム牛めし並」を買った。
終電間際だからか店内はガラガラである。カウンターに食券を置き、腰を下ろし上着を脱いだ。東南アジア系と思しき若い店員が「いらさいませー」と言いながらお茶を持ってきた。店員は食券を見ると「あちらへどうぞ」と言って奥の席を指さした。指差した一角にはガラの悪い兄ちゃん(このばあいはあんちゃんと読む)が二人いて大声で喋っていて、近寄りたくない雰囲気を醸している。おかしい。松屋は基本的にお好きな席にどうぞなのである。「え?ここじゃダメなの?」と聞き返した。すると店員は「あちら」とまた指差した。「もう座っちゃったし、ここで食わせてよ」と言うとキョトンとしているので、手のひらでカウンターを叩いて「オレはここで食う!」と言ってしまった。強く言うつもりはなかったが、自分でも驚ろくほど大きな声が出てしまったし、バンバンと2回カウンターを叩く音も予想外に響いてしまった。店内が静まりかえった。店員は数秒固まったあと黙ってキッチンへ行ってしまい、店長だか何だかわからないが上司らしき眼鏡の中年店員とひそひそ話をしている。ちらちらとこちらを見ながらだ。わたくそは人に威圧感を与えるような外見ではないはずだが、それでも体が大きいということは場合によって怖がられてしまう可能性があることも自覚している。なによりむやみに人を威圧したり怖がらせることは恥だと思っている。それなのに、期せずしてこんなことになってしまった。
やがて牛めし、みそ汁、黒いふりかけをお盆に載せて「おまたせしましたー」と言いながら持ってきた。その目はこころなしか怯えている。そもそもなぜ席を移れと言ったのだろう、いったい何だったんだろうと思いながら牛めしをかき込む。ふと残された半券に目をやると、「弁当」の文字が目に入った。「持ち帰り」という意味だろう。わたくそはすべてを察した。昨年10月から消費税増税に伴って持ち帰りは軽減税率になっている。女性は持ち帰りで買おうとしていたのだろう。「お先にどうぞ」されたあと、自販機をリセットし、トップ画面で「店内」か「お持ち帰り」かを選択する必要があったのだ。そして店員氏の指差した「あちら」というのは、お持ち帰り用カウンターだったのだ。わたくそはささやかな脱税をしてしまったのである。しかも松屋はお持ち帰りには味噌汁は付かないのに、お味噌汁を付けてくれて。
さぞ面倒な客が来たと思われたに違いない。急いで食べ終え、小さい声で「ごちそうさまでした……」と言って飛び出した。いまごろあの店には、防犯カメラの画像をプリントアウトして要注意人物としてわたくその顔が張り出されているかもしれない。