がけぷっち世界

ここはくまのおかしな世界です。

私と床屋 その①

 小学3年の時、父に連れられて初めて床屋に行きました。

それからしばらくそこの腕毛の濃いおやじに切ってもらっていたのですが、中学3年になって色気が出て来たのか、街の床屋に行きました。新しくできたビルの中に入ったオシャレで、台が5つくらいある大きな床屋さんでした。

私に付いたのは若いお兄さんでした。ほんとはカリスマ美容師になりたかったようなオシャレでスリムなお兄さんでした。

「どうしますか」聞かれました。

私、そんなこと聞かれたのは初めてでした。今まで腕毛の濃いおやじには何も言わず切ってもらっていたのです。しいて言えば「ぼっちゃんがり刈り」だったのだと思います。

どうしますか、聞かれた私は「適当に、お願いします」言いました。お兄さんは黙ってハサミを入れ始めました。ひどくがさつなハサミ遣いのように思いました。しばらく刈ってから、店内に響き渡る大きな声で「適当って言われても、知らねーよ!」と怒鳴ったのです。私は何も言い返せませんでした。お兄さんは怒鳴ってからもハサミを動かし続けました。切りながら「おいっ」とか「ふざけんなよ」とか言い続けました。大きい店なので他の店員さんもいたのに誰も気にしないので悪いのは私にちがいないと思いました。髪形を言えなかっただけではなく、雰囲気顔つきから、ムカつく空気を出しているのだろうな。このスタイリッシュなお兄さんにとって、キモいオタクの髪を切るのはいやなんだろうな、私がこの人を怒らせたのだなあと。

他の台では和やかに会話が交わされていました、わたくそ以外の台では。

お兄さんのハサミから怒気が伝わってきます。ふんふんと憤った怒気が伝わってきます。先っちょでつつかれた気もします。耳を切り落とされるんじゃないかという怖さで身を縮めていました。首筋に鳥肌が立っているのをお兄さんも気づいたはずです。

よくはおぼえていませんが、顔そりは別の人がやったようでした。

かっこよく仕上がったのかどうかは記憶にありません。